この記事ではビジネスシーンで使われる「身にあまる重責ではございますが」という言葉に付いて解説します。
「身にあまる重責ではございますが」とは?意味
「身にあまる重責ではございますが」とは大役を任された時の謙遜の言葉です。
身に余るは自分には見合わないことを指し、重責は大きな責任ひいては大役を指します。
身にあまる重責だけでは辞退の理由として使われますが、ではございますがと続けることでそれを引き受ける流れに繋げる言葉です。
大役を任せられたことを光栄だと表現しつつ、自分の能力や実績を謙遜したうえで引き受ける意思があるという言葉が「身にあまる重責ではございますが」になります。
「身にあまる重責ではございますが」のビジネスでの使い方や使われ方、使うときの注意点
主な使い所は使い所は重大なプロジェクトの担当者に抜擢されたり昇進が決まった時の返事、あるいは役職に就いた際のスピーチになります。
そういった際に能力も実績も足りないけれど頑張りますと言うために使う言葉です。
基本的には謙遜しつつその重責を受け入れるという意味の言葉ですが、他にも謙遜する言葉をあれこれと並べて使うと、謙遜する形で辞退したいと言っているのかと思われかねないので注意しましょう。
「身にあまる重責ではございますが」を使った例文
・『身にあまる重責ではございますが精一杯頑張ります』
・『身にあまる重責ではございますがお引き受けいたします』
「身にあまる重責ではございますが」の類語や言い換え
謙遜しつつ話を受けるという意味の言葉としては、「非才の身ではありますが」や「微力ながら」が言い換えとして使われやすい言葉です。
ただしこれらは能力が低いことを謙遜する形なので、経験が足りないという意味も含めたい場合には「至らない点もあるかと思いますが」を使うのもいいでしょう。
また昇進やプロジェクトリーダーへの抜擢のような公的に認められ嬉しいことを表現する場合には、「身にあまる光栄です」と言うと謙遜しながら大役を任せられて嬉しいと表現できます。
まとめ
大きな仕事を任されたり昇進が決まった時などに、謙遜しつつ引き受けるために使われるのが「身にあまる重責ではございますが」という言葉です。
ただし身にあまる重責というのは謙遜して辞退する際にも使われるので、他に謙遜する言葉と併用すると乗り気でないと思われかねないので注意しましょう。